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月刊【ダートスポーツ】編集部の公式ブログ。様々なモトクロス・エンデューロ情報はもちろんのこと、取材時の裏話や新商品、各地のレース情報などをアップします。海外ネタなど、雑誌よりも早い情報もアップしていきます。

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜


こんにちは。ちょうど2020年6月号を校了した、ダートスポーツスーパーバイザーの宮崎です。
今回はちょうど17年前のバックナンバー、2003年6月号から。
この号はかなり濃いので、長くなります。

表紙は私が初めて訪れた世界選手権モトクロス・スペインGPからYZ450FMに乗るステファン・エバーツ選手です。
それまでMX-GPの覇者だったスズキのミカエル・ピション選手、普段はのんびりしたタイプの人だったと思うんですが、この時は流石に緊張してました。
怪我からの復帰後、500ccで2年連続タイトルを獲得したエバーツと対決するシーズンでした。

このレース、ピションが優勝し、シルバン・ゲボス監督と抱き合って喜んでいたのを思い出します。
思えばエバーツはリナルディ監督のもとで参戦。かつての名ライダー達の代理戦争というのは、全くもって違うと思いますが、
個人や国籍を超えた戦いの空気をパドックに感じました。

アメリカのモトクロス取材はよく行かせていただいていましたが、ヨーロッパはこの時が初めてだった私。
元世界チャンピオンの渡辺明さん、GPカメラマンの佐藤敏光さんと行かせていただいたのですが、本当に何から何まで感銘を受けました。

その時の思いをコラムに書いておりました。

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜




厳しいグランプリの世界ですが、どのチームも懐が深く、ホームのような感じ。日本から来た私も余裕で歓迎してくれました。翌年も取材したんですが、その時はピションやエバーツらのトレーラーに突撃訪問。もちろん熱田家のトレーラーも。もう、「家」ですね。厳しい戦いの渦中にいる彼らの過ごし方、捉え方を濃厚に感じました。そして、若い125のライダーたちも渡辺さんを尊敬の眼差しを見て、話しかけて来たことも印象的でした。

取材はもちろん、おやつやら、ディナーやらお酒やら、お腹いっぱい色々いただきました(笑)。熱田孝高氏が在籍したCASホンダはイギリスらしく、マフィンとお茶。ライダーがトレーラーで家族と過ごす時間、夜からはきつい酒が出ました(笑)。オランダ系のカワサキはトレーラーにエスプレッソマシンが備え付けられていたり、確か禁煙じゃなかった記憶が、、、。イタリア系のマーチンホンダは、シェフ専用のトレーラーを持参してイタ飯食わせてくれました。主催者は夜中に巨大テントでバーやってました。。。 YOUTHSTREAMは取材班への受け入れも抜群でしたが、トレーラー村への電気供給など、色々と気が利くイメージでした。街を行っても田舎町のホテルの飯も、とにかくスペインという国は美味かった。

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜


レースだけでなくパドックも面白すぎて、たくさん撮りました。ハリー・エバーツさんと渡辺さんのライテク談義も面白かったな〜。

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜


もちろん息子さんのステファンとも会談を取材。

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜


数年間にわたり、熱田孝高選手にはコラムを書いていただきました。メールもネットも発達していない時代、毎月、色々工夫して送ってくれました。ありがたい!

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜
全日本では4スト化の勢いが凄まじいうねりとなっていました。
スズキ、カワサキは共同開発の4スト250ccで参戦。
SRMは福留選手の直前の怪我により、3日しか乗ったことがない4ストでIAデビューした小島庸平選手。再始動できず予選落ちという過酷なデビューでした。
しかし小島選手はIBタイトル、IA125タイトル、IA1もタイトルを獲得と、有言実行、諦めないライダーとして、未だ現役です!
ホンダはCRF250Rを本格参戦。
バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜


しかしながら圧勝したのはカワサキ溝口哲也選手! マグネシウムキャブなどSPLパーツふんだんのザワークスマシン!でした。
カワサキ4スト戦列デビュー、いまだにあの光景焼きついています。速かった!

ちなみにスペインではKTMも4スト250をデビューさせていました。マシントラブルもありリタイアとバタバタしてましたが、その後日本のメーカーに追いついて行ったことはご存知の通り。

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜


IA250はまだ2スト時代。Team SUZUKIの成田亮選手、増田一将選手の1-2でした。

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜


当時、エイゴさんにFMXトリックを解説していただいていました!

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜


副編集長の大塚君はアジアインターナショナルエンデューロに参戦取材。
まさか11年後、このレースの主催者が率いるAXCR(アジアクロスカントリーラリー )にのめりこんでいくとは、思いもよりませんでした!

バックナンバーメモリ〜2003年6月号〜


私がスペイン、大塚君がタイ、もう一人町田君という子がアメリカ取材をしている頃、ジャンキー稲垣氏は当時学生アルバイトとして編集部所属。
『SUGO行って来ます!』と、初めて作った取材記事が第一回SUGO2デイズエンデューロ。
そうです、日本のオンタイムエンデューロ(日高は除く)のパイオニア的、歴史的レースです。

色々な歴史が脈々と受け継がれてますね。
こうやってバックナンバーを眺めるのも、忘れてはいけない雑誌の魅力ですね。



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